自己顕示欲

難しいけど、人生の大半をこれに費やすのだろう。

オギャーと生まれて、カサカサになるまで誰かに対して

そして何かに対して、

「僕はこうでっせ!!俺はこうです!私はこんな感じです!」

これだけを叫び続けることが生きるということなんでしょう。

例えばそれが、うるさいバイクの音だったり。服装だったり。

ブログだったり。論文だったり。肩書きだったり。地位だったり。

教育方針だったり。あらゆる理想だったり・・・・。

形や姿を変えて、外に、もしくは自分にアピールしている。

ある先生がこう言っていました。

「人は相手からうれしいことや心地よいことをされるよりも

自分が相手に対してそれをした時、その相手が喜んでいる姿を見て

自分が喜ぶ」と。

人間の遺伝子は確実に利己的で自己中心的な自己顕示欲で満たされている

に違いないと思う。

だから何という訳でもない。

自分の考えや思いを発信することはものすごく人間らしい行為です。

でも、日本の文化そのものが「沈黙のコミュニケーション」を美徳とするところが

大きくあり、未だにその行為を悪とする風潮があるようにも感じます。

でも重要なのは、極論ではなく、「物事の尺度」だと思います。

何かを発信する、自己顕示するということは、その先にいる相手を想像すること

と似ている気がする。沈黙のなかにあるコミュニケーションには相手に依存している

部分が大き過ぎて、足踏みでもしているかのようだ。

僕は沈黙も好きだが、尺度で考えてみると何らかの分かりやすい形で「発信」する方が

人間にとって重要でそして素直な気がします。